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水銀 Hg

水銀(mercury)

原子番号 80   原子量 200.59

m.p. -38.87℃   b.p. 356.58℃

密度 13.546(g/cm3)

 

単体は銀白色。常温で唯一の液体の金属。12族に属する亜鉛族元素のひとつ。蒸気は有毒で、無機化合物や有機化合物の多くも有毒である。単体は硝酸や濃硫酸、王水には溶けるが、塩酸や希硫酸には溶けない。天然には自然水銀としても存在するが、主に辰砂HgSとして産出される。空気中では安定だが、高温で加熱すると赤色の酸化物HgOになる。金を含めた多くの金属とアマルガムをつくる。鉄とはアマルガムをつくらないため、貯蔵には鉄の容器が用いられる。4.15K以下では超伝導を示す。酸化数は+1と+2をとる。水銀はラテン語で"hydrargyrum"というが、これはギリシア語で水を表す"hydr"と銀を表す"argyros"に由来する。元素記号のHgはここからきている。英語では"mercury"というが、これは水銀が水星と関連づけられて命名されたものである。この"mercury"はローマ神話における商売の神"mercurius"にちなんでいる。

 

水銀は紀元前500年以前から知られていた元素である。日本でも古くから知られており、かつては水銀(みずがね)とよばれていた。『風土記』や『日本書紀』にも水銀についての記述がある。辰砂HgSは朱とよばれる顔料として用いられたほか、水銀と金によるアマルガムは東大寺の大仏の金めっきに用いられたことで知られる。水銀と金の液状アマルガムを塗り、水銀を蒸発させることで金だけが残る。『東大寺要録』には使用された練金1万0446両、水銀5万8620両という記載があり、1両を37.5gとして計算すると金は約400kg、水銀は約2200kg使われたことが分かる。水銀と金のアマルガムを用いた金めっきは古代から用いられた手法だが、蒸発する水銀は人体への危険性が高い。

 

水銀は常温で液体であり、膨張率が大きく広い温度範囲で一定であるため、温度計に用いられる(0~100℃における体膨張率は1.81×10-4/℃)。この他に気圧計や電池、整流器、蛍光灯、水銀ポンプ、電極、医薬品、触媒、金や銀の精錬など幅広い用途がある。しかし、環境汚染や人体への危険性から水銀の消費は減少傾向にある。

 

 

アマルガム(amalgam)

水銀と他の金属との合金をアマルガムという。液体、またはやわらかいペースト状のものが多い。語源はギリシア語で「やわらかい物質」という意味の"malagma"である。水銀は多くの金属とアマルガムをつくるが、白金Pt、鉄Fe、マンガンMn、コバルトCo、ニッケルNi、タングステンWなどの高融点金属とはアマルガムをつくらない。カドミウムや亜鉛のアマルガムは標準電池に利用。ナトリウムや亜鉛のアマルガムは還元剤に利用される。銀を主成分とするアマルガムは歯科用充填剤として用いられるが、その使用量は減少傾向にある。また、鉛、スズ、ビスマスのアルマガムは鏡面製作に用いられる。

 

塩化水銀(Ⅰ) Hg2Cl2

塩化第一水銀、甘汞(かんこう)、カロメルともいう。融点525℃(密閉)、400~500℃で昇華。無色の結晶。比重7.15。無味・無臭。水に難溶。Cl-Hg-Hg-Clの直線状分子。かつては下剤や利尿剤、カロメル電極などで利用されたが、環境汚染などの問題から現在ではほとんど利用されない。

 

塩化水銀(Ⅱ) HgCl2

塩化第二水銀、昇汞(しょうこう)ともいう。融点276℃、沸点302℃。無色の結晶。比重5.44。水に可溶。Cl-Hg-Clの直線状分子。きわめて毒性が強い。致死量は0.2~0.4gとされる。有機触媒や木材の防腐剤、消毒薬として用いられた。

 

水俣病

水俣病は、熊本県南西部の水俣湾周辺で1953年頃から発生した有機水銀中毒による神経疾患である。新日本窒素肥料の水俣工場のアセトアルデヒド製造工程で排出されたメチル水銀(主に塩化メチル水銀CH3HgCl)が原因物質である。汚染された海水を通して魚介類中に生物濃縮され、これを食べた住民に手足の感覚障害や運動失調、言語障害、視野狭窄などの健康被害が生じた。死亡者も多数出た。1968年9月に公害病と認定された。

 

1965年には新潟県阿賀野川下流域でも有機水銀中毒による被害が出ており、新潟水俣病や第二水俣病などと呼ばれる。昭和電工鹿瀬工場の排水に含まれていた有機水銀が原因だとされた。